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誰のためでもなく、ひたすら自分自身の欲求にしたがって紡ぎ出される幼児の造形表現には、図工・美術教育の原点とも言える素朴で飾らない魅力があります。
それは大人の価値観と比較では論じられない独特のものの見方や感じ方が幼児にはあるためでしょう。
幼児に限らず、図工・美術の教育は、そのような子どもたちが自ら学び、表現する意欲と能力を持っている存在であるという認識に立つべきだと考えます。
このような子どもらしさを大切にする子ども本位の造形教育理念を掲げて、昭和30年代末より一貫して研究と実践活動を行なってきた「幼年美術の会」が、今年、40周年を迎えました。
小誌はこの会の発足以来、その主張と実践をご紹介してきました。
そこでは子どもの表現の根拠をプリミティヴな「感動」に求めるか、あるいは理性的な判断力による「認識」を重視するかという、いわゆる「感動/認識論争」や、その展開としての「発散/沈潜論争」などの真摯な論争が行なわれました。
そこにはまさに美術教育の青春時代の輝きが感じられます。
しかし、そのような努力にもかかわらず、子どもの表現は大人の芸術に比べ、とかく劣っているとか、発達の途上にあるものとして理解され、大人は子どもたちの表現を指導・発展させるべきであるという考えは根強く残っており、早くから大人のような知識や技能を身に付けさせようとする早期教育熱はいっこうに衰えないようにも見受けられます。
斯界の混迷と教育運動の停滞が指摘されている今日、当時の情熱に学び、活力を得ること求められているように思われます。
この号では、「幼年美術の会」の歩みを通して、表現の原点としての幼児の造形教育について、実践の中から考えたいと思います。
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