人々が子どもの絵や造形的な表現を擁護し、奨励するのは、その制作活動を通じて豊かな人間性が養われることを信じ、子どもたちがそれを獲得することを求めているからだと思われます。
この考えに異存はありません。しかし一方で、そのような発想が、本来、自主的・自発的であるべき表現を方向づけ、管理する根拠ともなることにも敏感であるべきと思います。
他方、私たちが子どもの表現の中に、輝きやときめきを感じ、共感するのは、管理化された日常のなかで、私たち自身が、そのような価値に渇きを覚え、激しく求めているためではないでしょうか。
つまり、子どもの表現を切実に必要としてるのは、むしろ大人の側ではなかったのかという視点に立ったとき、子どもの表現への眼差しは、改めて深さを増してくる気がします。
いや、それもどうでしょうか。ここには身勝手な願望やそれに基づく善意を装った強制が忍び寄ってくる気もします。
「子どもが…、大人が…、」という主体を問うことなく、「自由で、伸びやかで、無垢な表現は、誰にとっても大切である」というシンプルな原理によるならば、子どもの絵や造形的な表現がしっかり尊重され、きっちり擁護されるべきは当然であり、これらを矯正したり管理することは、もとより無化されるものと思われます。
私たちは「子どもの表現は万人に必要である」という原点にこそ立つべきでしょう。
世界児童画展は、今年で39回を迎えました。
世界は混迷の渦中にあります。それは、金融経済が危機的状況にあるだけではなく、貧困と食糧問題、民族問題と戦争の危機、資源と環境問題などに展望が見出せない焦燥感と無力感が蔓延しています。
その結果、現状を追認し、欲望を加速させてグローバリズムに投身するか、あるいは民族や宗教の原理主義に回帰するかという以外に行動の指針が見出しにくい状況にあります。
けれども、子どもの表現には、それが万人の記憶であるという側面があります。
これは、子どもたちは現に子どもであり、大人もかつては子どもであったという単純な事実に基づくものであり、それゆえ、人種、民族、性別を問わず、誰もが共有できる感性のテーブルとなりえます。
同一性よりも差異に、一般性よりも個別的観点に目が向けられがちな今日の文化状況にあって、この平明性は、説得力を有し、人々の共感を呼び、感性的合意を形成する可能性も持っていると考えます。
私ども主催者は、この展覧会を39年にわたり開催してきたことに誇りと責任を感じています。けれどもそれに安住することなく、子どもたちの絵に、新しい時代感覚を見出したいと思っています。
子どもの表現の中に変わらぬ豊かさやぬくもりに接する一方で、未来を切り開いていく鋭く、しなやかな感性が、この展覧会を通じて育っていくことを願っています。
戦後児童画のルーツを求めて
『久保貞次郎コレクション展』レポート
NPO法人市民の芸術活動推進委員会 鈴石 弘之さん
私のもとに、そのずっしりと重たい荷物が届いたのは、2008年の初夏のことだった。差出し人は久保翠氏。戦後美術教育のパイオニア、久保貞次郎の次女である。
はやる心で梱包を解くと、明らかに長い時を経てきたことのわかる児童画の束が現われた。
これらの作品は、英国、フランス、ドイツ、イタリアなどの西欧諸国、ポーランド、エストニアなどの東欧、そして、米国、ソ連(当時)、さらには、アジア、アフリカ諸国にまで及んでいる。後の集計でその国数は44カ国に渡ることが判明した。これらの作品の大半はじつに70年前に久保貞次郎により収集されたものである。
久保がこれらの絵を収集したのは、1938年のこと。欧州ではヒットラーのナチズムが台頭し、ポーランドへの侵攻が開始された年である。
そのように時代にあって久保貞次郎は、欧州、米国歴訪の旅に出る。その際に、3,000点の日本の子どもの絵を携えていた。私の目の
前にあるのは、それと交換のかたちで、久保が収集し持ち帰ったものである。…続きは本誌で
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裏表紙: |
特集 第39回世界児童画展
内閣総理大臣賞受賞作品…3
文部科学大臣奨励賞受賞作品…4
外務大臣賞受賞作品…8
国内の部優秀作品…16
海外の部優秀作品…26
国内の部応募状況…35
審査員一覧…36
国内の部特別賞受賞者名簿…38
海外の部応募状況…41
国内の部審査講評…42
海外の部審査講評…46
第38回国内展開催地一覧…50
美術教育ルポ
戦後児童画のルーツを求めて
『久保貞次郎コレクション展』レポート
…鈴石 弘之…51
連載
〈美術/教育〉の扉をひらく
-新しい社会文化システムの中へ-
第2回 カルチュラル・ターンの中で
…長田 謙一…62
熊本文庫主要文献解題
美術教育論の変遷とその周辺18
春日明夫+山口喜雄+
新関伸也+永守基樹+
天形 健+藤澤英昭+
福本謹一+柴田和豊
68
BOOKS 新刊紹介
『保育をひらく造形表現』
槇 英子 著
…藤澤 英昭…72
BOOKS 新刊紹介
『モナリザは怒っている!?
鑑賞する子どものまなざし』
上野行一・奥村高明 著
…三根 和浪…73
美育ニュース…74
*授業研究、computer now、幼児のひろば、は休載しました。