図工・美術の教育は「みること」に関わる学習である面があります。けれどもそれは単に事物を視覚的に認識するだけではなく、対象に主体的に関わり、自分の意識や判断を反映させることにより、感情や思考を深めていくことが要求されています。つまり「深くみる」ことが求められています。
このような学習は、一般に鑑賞教育と呼ばれてきました。けれどもここには、その対象が絵画、彫刻という、いわゆる近代美術に限定されてきたという問題がかねてからありました。これはそもそも鑑賞教育が美術教育の一環として構想されてきたためでしょう。このため、「美術の教育」としての鑑賞教育ならば、「何が美術か」という問題に、はじめに立ち入らざるを得ないという構造がありました。
他方、視覚文化の膨張は、社会現象のひとつと言うよりは、今日の社会を決定している要因と言えます。
現代においては、写真や動画などの映像芸術は、絵画、彫刻をはるかにしのぐ視覚文化であり、マンガやアニメに、とりあえずサブカルチャーとして位置を与えてすませていた感覚は、最早通用しなくなっています。また、風景や建築物などの環境的な造形への視線や、さらにはデザインやファッションへの関心など、視覚文化の拡大は社会の有り様を決定していると言える気がします。
このような、とりとめもなく膨張している視覚文化と、あくまでも近代美術を基盤とした「美術の教育としての鑑賞教育」の落差に、どう対応していくのかということが、鑑賞教育改革の第一の課題と言えるでしょう。
第二の課題は、そもそも視覚文化が〈情報〉であることから、その受容と伝達に関して新たな対応が求められていることです。
これまで「みること」はもっぱら個人的な営為であると見做され、メディアの問題はことさらに軽視されてきた傾向がありました。けれども映像芸術やマンガが、メディアとしての性格をあからさまに露出させたことから、視覚文化を通じて、どのようなコミュニケーションを計るかべきかという課題が浮上してきました。言い方を換えれば、「いかにみるか」が、「みることをどのように共有するか」という関心に移行している状況があります。
三番目として、以上のような状況のなかで、従来の鑑賞教育が拠り所としてきた「文化遺産の継承・伝達」という課題をどのように捉えるかという問題があります。
学習指導要領が求めているように、「美術を通した国際理解」や「美術文化の継承と創造への関心を高めること」は重要な教育課題と言えます。しかし、それが教育的なテーマであるならば、子どもの生活や発想、興味・関心などにそって、従来の美術文化の歴史を読み返し、子どものコードに従って組み直していくことが必要でしょう。このことに留意しない限り、いかに価値ある文化遺産と言えども、子どもたちに感動や実感をもって理解されることはなく、かえって子どもをたじろがせる結果になる心配があります。
そこでこの号では、「みることの深みへ」というテーマで、子どもの鑑賞の教育の在り方について考えてみたいと思います。
アーティスト KOSUGE1-16 土谷 享 さん
図画・工作という教科は、美術ということを具体的に示そうとしたのだと思いますが、これが端的に示しているのは、絵や工作という「作品」ですよね。それは美術のひとつの側面であって、そういう具体物ばかりではなく、言葉の美術もあるし、音とか身体が素材であったり、あるいは何かの出来事のようなことが美術なんだということもあります。
図画・美術の内容だけが美術教育なんだということになると、そのような多様な側面がアートにはあるということが抜け落ちてしまうと思います。…続きは本誌で
表紙: |
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裏表紙: |
特集 みることの深みへ
鑑賞活動における想像力 栗田 真司…13
視覚をリーダーにする鑑賞学習への提案 濱口 由美…22
鑑賞とは? 見るとは? コミュニケーションとは? 伊藤 龍豪…28
「みる」で共有できるもの 岩崎 愛彦…32
図工が図工でなくなるとき 高松 智行…38
みた先になにがあるのかを考えて 小橋川 啓・戸ケ瀬哲平…44
授業研究●東京都
幼児 これなぁ~んだ 鹿又 靖代…52
小学校低学年 ふんで、たたいて、いいかんじ イノチのねん土 平田 耕介…54
小学校中学年 発見!図工室にいたぞ! 室 恵理子…56
小学校高学年 アルミ彫刻 行為を中心とした活動 雨宮 玄…58
中学校 ことわざオブジェ 長尾 菊絵…60
美術教育文献アーカイビングの10年の進展
美術教育文献アーカイビング研究会 代表 山口 喜雄…62
熊本文庫主要文献解題 美術教育論の変遷とその周辺25…70
新関伸也+穴澤秀隆+山口喜雄+天形 健+永守基樹+福本謹一
BOOKS 新刊紹介 栗田 真司…73
『新任教師のしごと 図画工作科 授業の基礎基本』 野切
卓 著
BOOKS 新刊紹介 永守 基樹…74
『協同と表現のワークショップ』 編集代表:茂木一司
連載 幼児のひろば 第30回
静岡・焼津市・ゆりかご保育所 所長 奥川恵美子…6・79
美育ニュース…75
投稿 拙文への補足+α 吉田 貴富…81
大勝恵一郎氏を偲ぶ 浜本 昌宏…82
*連載「〈美術/教育〉の扉をひらく」は執筆者の都合により休みました。