世界児童画展は1970年、大阪万博の折りに第1回展を開催し、以後、毎年開催され、今回第41回を迎えました。
41年前と今日では、世界の有り様は、著しく変貌しましたが、一方では、根底的にはさして変わり映えしていないという見方もあるかも知れません。
変化の側面を挙げるなら、科学技術の進歩、とりわけ交通・通信手段の発達により、コミュニケーションと物理的移動の様相が劇的に変容したことでしょう。それにも関わらず、変わっていないという認識が頭をもたげてくるのは、国際紛争解決の手段としての戦争の惨禍と危険がまるきり解消されていない事実があるためでしょう。つまり、技術は発展したが、理念的世界はがっかりの結果だったという気もします。
児童画のひとつのはじまりは、第一次大戦前夜のウィーンで、フランツ・チゼックが、子どものための絵画教室を開いたことだと言われています。そして、その影響は日本では、いわゆる自由画運動として大正期に展開されました。けれども、日本において児童の絵画が、子どもの表現として認識され、尊重されるべきという風潮が高まったのは、まさしく戦後のことでした。
これはもちろん偶然の出来事ではなく、いわゆる戦後民主主義教育の理念を具体的な表現によって可視化させることが極めて有効であり、教育のニーズとしてもそれが求められたという事情が推察されます。そして、児童画は絵画という視覚メディアであるという、そのわかりやすさによって、一時期であったにせよ、戦後の教育界と社会に高揚感をもって迎えられました。その戦後生まれの児童画が、恵まれた経済発展の環境で成育した70年に、世界児童画展は創設されました。
日本の子どもの造形表現にその後に起こった重要な出来事は、多元文化論を背景とした新たな子ども論が70年代に登場したことでしょう。これにより、子ども独自の表現が改めて問い直されることになりました。
他方、グローバリズムが世界認識に大きな影を落している今日、ここ数年来の児童画展審査員の感想からはナショナリティやローカリティの希薄化を危惧する声が聞かれます。
けれども本来的言うならば、子どもの表現には、万人の記憶である側面があります。これは、子どもたちは現に子どもであり、大人もかつては子どもであったという単純な事実に基づくものであり、それゆえ、人種、民族、性別を問わず、万人が共有できる感性のテーブルとなりえます。
同一性よりも差異に、一般性よりも個別的観点に目が向けられがちな今日の文化状況にあって、この平明さは、説得力を有し、人々の共感を呼び、感性的合意を形成する可能性も持っていると私たちは考えます。
私ども主催者は、この展覧会を41年にわたり開催してきたことに誇りと責任を感じています。けれどもそれに安住することなく、子どもたちの絵に、新しい時代感覚を見出したいと思っています。
子どもの表現の中に変わらぬ豊かさやぬくもりに接する一方で、未来を切り開いていく鋭く、しなやかな感性があります。この展覧会を通じてそれらが育っていくことを願っています。
表紙: |
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特集 第41回世界児童画展
内閣総理大臣賞受賞作品…3
文部科学大臣奨励賞受賞作品…4
外務大臣賞受賞作品…8
国内の部優秀作品…16
海外の部優秀作品…24
国内の部応募状況…35
概要・審査員一覧…36
第40回国内展開催地一覧(2010年)…37
国内の部特別賞受賞者名簿…38
海外の部応募状況…41
国内の部審査講評…42
海外の部審査講評…45
優秀賞受賞者の声「こんな気持ちで、描いたよ。」…49
文部科学大臣奨励賞(団体の部)受賞の背景…52
座談会
子どもの絵から、世界が見えてくる
第41回世界児童画展優秀作品を読む
辻 政博+濱脇みどり+槇 英子+水島尚喜 司会:編集部(穴澤秀隆)…58
連載
〈美術/教育〉の扉をひらく-新しい社会文化システムの中へ-
第10回 〈プロジェクト(前へ未来へ投げること)に参加する(場所を得る)こと〉と〈美術/教育〉(上) アートプロジェクト
長田 謙一…66
BOOKS 新刊紹介 水島 尚喜…72
『美術と知能と感性 認知論から美術教育への提言』
アーサー・D・エフランド 著 ふじえみつる 監訳
美育ニュース…73
*授業研究、熊本文庫主要文献解題、幼児のひろば、は休載しました。