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2012 5月号

特集 造形遊びの逆襲

 今日の「造形遊び」が「造形的な遊び」といういささか遠慮がちな名称により学習指導要領に導入されたのは、昭和52(1977)年、今から35年前のことだ。

  造形遊びの登場は、それまでの「絵画」「彫塑」「デザイン」「工作」「鑑賞」というあくまで大人の美術観によっていた教科の枠組みに、「子どもの自然発生的な造形活動」という視点を盛り込んだ。これは目的に基づいた造形表現という定式化された活動を、素材や身体性に対する興味関心や遊びの中から、たまたま始まってしまうような表現にまで拡張し、造形表現をより根源的なものに拡げたと言える。
  その後、造形遊びは平成元(1989年)に中学年に、平成10(1999)年には高学年にまで順次拡大され、教科を貫く柱として位置づけられた。

 造形遊びの出自については幾つかの説がある。一つは、デザイン教育系の教育者らがバウハウスの教育メソッドを参照したとするものであり、ここには造形遊びの表現性と教育的意義に注目する視線があった。他方、関西の具体美術協会の影響下にあった若手の教員らが60年代に始めた「DOの会」などの活動にその源流をみる見方もあり、ここでは主として活動の身体性が主眼となっていた。また、東京都図画工作研究会がドイツのワークショップに触発された実験授業を行ったことがきっかけになったという見解もある。ここでは「素材感」ということが中心課題であった。

だが、これらのどれが造形遊びのルーツであるかという議論は本質的なことではない。重要なことは、70年代の記号論、脱構築理論、精神分析、エスノグラフィー(民族学)などの「学」そのものの解体を目指すような多元文化論への関心が、「子どもの再発見」という理念を自覚させ、それが様々なコンテンポラリー・アートの方法と偶然にあるいは必然的に交響したということである。

 けれども、当初の導入から30年余を経た今日、造形遊びがこの教科の中核的な活動としてどっしりと位置づけられ、図工教育の一般的な授業形態として定着しているとは言い難い。むしろ、子ども中心主義の理想から後退している状況がある。

なぜそうなってしまったのか、その背景には社会の大状況と教科の内部事情があった。

教科の内部事情というのは、未だに従来の美術文化のジャンル意識を残存させている体質が根本にあることだ。このメンタリティからの現代美術への心理的反発が造形遊びに及んでいるきらいは大いにある。

個別の問題としては、造形遊びがあたかも大量の造形素材を使用してイベント的な授業を展開する活動でもあるかのように誤解されたことや造形遊びが評価しにくいと思われたことなども定着を阻害した要因だろう。

けれども、これらよりも大きなことは、直ちに結果を求める成果主義の風潮が、子ども中心の造形活動という理念を許容する度量を持ちえなかったことではないだろうか。

 今次の教育の中心課題とされている言語活動の充実や鑑賞教育の充実が、その深層に本来の意図を問われないままに子どものプリミティヴィズムとすれ違っているとすれば不幸なことだろう。

現行の指導要領より導入された〔共通事項〕は、「表現」と「鑑賞」に架橋を渡すものであり、また小学校図画工作科と中学校美術科をなめらかに連携させる意図をもっている。しかし、これを安直に指導内容として理解することは、この教科を「色と形とイメージの学習」というお堅い内容に塗り替えてしまいかねない。

 子どもたちをめぐる視覚世界は確かに拡張された。それゆえ、そのためのリテラシーの獲得などは重要な教育課題だ。けれども一方、素材に対する飢餓感、身体性や総合的な感覚についての関心・期待、あるいは、表現をすることに伴う場や時間に対する意識など「色と形とイメージの学習」に付随する重要なファクターはいくらもある。

 造形遊びに託された「子ども主体の授業」や「遊びの教育的意味」はまったく色褪せてはいない。むしろそれこそが希望であることを私たちは改めて自覚するべきではないだろうか。

5月号 美育インタビュー

元・文部科学省視学官 西野 範夫 さん
 造形遊びは、子どもという存在をいかに切実なものとして捉えるかということから発想してきました。そうやって、ひたすら子どもを見つめているとまさに「これだ!」と思える子どもの実態や表情に出会えることがあります。ところが、実は、その「子どもがわかった!」と思ったそのときがあぶないんです。その瞬間に子どもはするりとその掌の指の間からすり抜けて行ってしまいます。定点観測ではダメなんです。子どもの同じ身体のリズムで子どもと並走することによってしか子どもを捉えることはできません。…続きは本誌で


 

造形教育家 小串里子さん
 造形遊びが指導要領に登場したのは1977年ですよね。それまでは教科の内容として、絵画と彫刻、デザインなどといういわゆる領域あったわけで、ここには大人の美術の概念が色濃く反映されていました。そこに当初は小学校低学年だけだったとはいえ、「造形遊び」という子ども主体の表現活動が入ってきたのは画期的なことでした。…続きは本誌で


表紙:
第42回世界児童画展
海外の部・金賞受賞作品
「パリ」
モレッリ・リッカルド
10歳男 イタリア

表紙

裏表紙:
第42回世界児童画展
国内の部・日本美術教育連合賞
受賞作品
「楽しかったね ターザンロープ(遠足)」
新井田 柚羽 5歳
福島・喜多方市立岩月幼稚園

裏表紙

 

目次

特集 造形遊びの逆襲

美育インタビュー 元・文部科学省視学官…西野 範夫さん…7
聞き手:水島 尚喜さん(聖心女子大学)
辻  政博さん(前・東京都図画工作研究会会長)

「造形遊び」から『造形学び』への位相へ…阿部 宏行…15
ワクのない表現、それが幼児の「造形遊び」…小串 里子…20
「造形遊び」もっと試論…横内 克之…30
希望としての造形遊び…橋本 忠和…36
子どもの中の造形遊び…堀口 基一…42
造形遊ビ考…宮内  愛…46
「造形遊び」がもたらしたもの…鈴木  斉…50
連載 図説 子どもART学
第6回 造形遊び~大人の論理から子どもの論理へ~…辻  政博…56

授業研究
●東京都
幼児 経験、体験することの大切さ…志村 規子・田畑ひろ子・田中 早苗…58
小学校低学年 なかよしハウス…加藤  真…60
小学校中学年 粘土と話そう…池田 仁美…62
小学校高学年 遊びも工作だ!…玉置 一仁…64
中学校 母校を彩る在校生へのアートメッセージを造ろう…畠山 真理…66

連載 〈美術/教育〉の扉をひらく ー新しい社会文化システムの中へー
第14回 「色」と「形」と「材料」など、そして「イメージ」をとおして ー「共通事項」がひらくー…長田 謙一…68

●東日本大震災 復興日誌 第6回…小野 浩司…74

BOOKS 新刊紹介…水島 尚喜…76
『アートフル 図工の授業』 内野 務・中村隆介 著
BOOKS 新刊紹介…鈴石 弘之…77
『子どもが生み出す絵と造形』 子ども美術文化研究会 編
連 載 幼児のひろば 第35回…青森・八戸市・下長保育園 副園長 荒谷 啓輔…6・81
NEWS 美育ニュース…78




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